top of page

2026年2月8日 礼拝

説教概要

​アバ父よと呼ばせる御子の御霊

小泉智師

ガラテヤ書4章5ー7節

神の子とされているのに、なお奴隷のように恐れや不安に縛られて生きている―パウロはこのギャップに光を当てます。キリストは十字架によって私たちを贖い、奴隷を買い取るように代価を払って自由にし、子としての身分を確かにしてくださいました。

 

それは私たちの努力や信心深さの結果ではありません。ただ恵みによる一方的な出来事です。神の側ですでに決定された事実なのです。それにもかかわらず私たちは、長年身につけてきた鎧のような生き方を簡単には手放すことができません。傷つかないための強がりや我慢、虚勢や自己防衛が習い性となり、それなしでは生きられない気さえするからでしょう。

 

しかしその鎧は、今や私たちを守りません。それどころかかえって心を閉ざし、神の愛を受け取れなくしてしまいさえするのです。脱げば自由になれるのに、脱ぐのが怖い。その不安と混乱の中で、私たちは言葉にならない叫びをあげます。その叫びを私たちの内側で起こしてくださるのが聖霊です。

 

聖霊は「御子の霊」と呼ばれます。なぜでしょうか。キリストご自身の信頼と愛を私たちの奥深くに注ぎ込むからです。聖霊が私たちのうちで叫ぶのです。「アバ、父よ」と祈らせるのです。それは理屈ではない。体裁でもない。まるで幼子が父にしがみついて泣くような、生存本能に近い切実な祈りです。それは霊的な育て直しと言ってもいいレベルです。今まで得られなかった安心や愛情や取り戻すように。

 

御霊によって私たちは、神に受け入れられている安心を心と体で覚えます。少しずつ恐れから解き放たれていくでしょう。これは聖霊が私たちの内側から働き、神の子としての自由と喜びへと回復させてくださる恵みの歩みなのです。

​前回の説教概要

©2023 by 岡山神召キリスト教会

bottom of page