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2026年2月1日 礼拝
説教概要
あこがれ
小泉美早子師
マタイによる福音書5章43ー48節
イエス様は「敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」と語られました。私たちは日常の中で、無意識に人を線引きし、好きな人には親切にできても、苦手な人や関わりたくない人には距離を置いてしまいがちです。しかしイエス様は、その常識を超える生き方へと私たちを招いておられます。
神は、悪い者にも良い者にも太陽を昇らせ、雨を降らせるお方です。神は人を分け隔てなさいません。思えば私たち自身も、かつては神を知らず、神に背を向けて生きていましたが、それでも神は忍耐し、恵みを注ぎ、イエス・キリストを通して神の子として下さいました。
「あなたがたの天の父が完全であられるように、完全な者になりなさい」という言葉は、欠点のない人間になれという命令ではありません。天の父なる神にあこがれ、その愛に近づいていきなさいという招きです。人は、あこがれる存在に似ていくものです。神の子とされた私たちは、聖霊によって、少しずつ神の品性に似せられていきます。
敵をも愛し、祝福を祈る生き方は、この世では特別な証しとなります。愛に生きる人生そのものが良い知らせを運びます。ローマ10章15節にある、「美しいかな、良い知らせを伝える人たちの足は」、その足は言葉だけでなく、日々の歩みそのものです。
神様は今日も、私たち一人ひとりに期待を注ぎ、神の愛を携えて歩む者として送り出しておられます。主にあこがれ、主に似る者として生きるとき、私たちの何気ない一歩一歩が、誰かを神様へと導く宣教の道となっていくのです。
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