2026年1月18日 礼拝
説教概要
ゆるしで包み込む
小泉美早子師
マタイによる福音書5章38ー42節
今日のお話は、聖書でも一二を争う有名な言葉です。レビ記のこの言葉はむしろ、仕返しに燃える心を冷まして、相手へのゆるしを勧める言葉です。「目には目を、歯には歯を」という律法は、復讐を勧める言葉ではなく、人間の怒りが際限なく拡大していくことに歯止めをかけるための神の配慮でした。しかし人は、傷つけられると必要以上に相手を憎み、復讐の連鎖に陥ってしまいます。その現実に対して、イエス様は「悪に同じ方法で立ち向かうな」と語り、憎しみの循環を断ち切る道を示されました。
「右の頬を向ける」「上着も与える」「一ミリオン行けと言われたら二ミリオン行く」という言葉は、暴力や支配を受け入れよという命令ではありません。侮辱や理不尽に対して、同じ暴力や憎しみで応じないという、尊厳ある選択であり、悪の論理に巻き込まれない霊的な抵抗です。イエス様ご自身が不当な扱いを受けながらも、暴力で返さず、進んで十字架への道を歩まれました。
重要なのは、この「ゆるし」が決して人を縛る教えではないということです。愛や信仰を理由にした暴力や支配は、福音ではなく、明確な誤りです。イエス様は人を恐怖で従わせるためではなく、自由にするために十字架にかかられました。
このゆるしは人間の努力や忍耐から生まれるものではありません。私たちの内に住まわれる聖霊が、主の命を現して下さる時、不可能と思えるゆるしが可能となります。自分が前に出るのではなく、主が主導権を握り、私たちを通して働かれるのです。
そのように生きる私たちの歩みそのものが福音となります。ゆるしによって憎しみの壁を越え、自由に生きる姿は、「良いことの知らせ」をこの世界に運びます。私たちは、聖霊に導かれ、ゆるしをもって歩む福音の担い手として遣わされています。