top of page

2026年3月22日 礼拝

説教概要

​弱さの中に働く力を信じて生きる

小泉智師

ガラテヤ人への手紙4章12-14節

私のようになれ。なかなか言えない言葉です。パウロが使徒だから言えるのかというと違います。子どもとして呼びかけると言う表現なのです。使徒と信徒という関係性ではない。上下でもない。同じ神の子どもとして呼びかけるのです。実際、ユダヤ人の使徒としていかがなものかという周囲の批判さえ気にせず、異邦人同様の生活さえパウロはしたのです。そのことがかえって後からガラテヤ教会のパウロ批判に繋がるのですから皮肉です。

 

子どものようになるとは丸腰になることです。自分の強さにより頼まない。実際、パウロがガラテヤ地方を訪れた時は、どうも病気であったようです。肉体の弱さを抱えていたのです。あるいは静養のためにこの地域を訪れていた可能性さえあります。強さを誇れる状態ではとてもない。いろいろな制限もかかったことでしょう。ところが不思議にその弱さこそが福音を伝えられる契機になったのだとパウロは証します。

 

人はなかなか自分の弱さを認めることができません。弱さを人にさらけ出すことに抵抗を感じてしまうのです。どこかで強がってしまう。弱みを見せると負けだと思っている。ところがこの傾向こそ、ガラテヤ教会の間違いの根本でした。もっと強くならないと、神に受け入れられないと言う強迫観念から信仰理解をはき違えていったのですから。だからこそ自称使徒と呼ばれる人の権威に擦り寄って、自分たちを高めようとしたのですから。

 

もっともガラテヤの人たちも最初からそういう態度だったわけでもないのです。病気を抱えたパウロがこの地方に来たとき、パウロを歓迎したと言うのです。しかも天使か、主イエスご自身が来たかのような扱いであったとも言われています。それはパウロが病に苦しむ姿と、十字架の主イエスの受難の姿が二重写しにされたことも理由のひとつだったからではないでしょうか。

 

当時の宗教世界では、病気はなんらかの神罰の結果であると考えられていました。神の呪いが降った姿とも理解されていました。そういう意味では、パウロの病の姿はガラテヤの人々にとってはつまづきにもなりかねない状況だったことをパウロも認めています。しかしその弱さがかえって益として働いたというのです。弱さの中にキリストの福音の力が彼らにわかる形ではっきりと現れたということでしょう。

 

その事実がある以上、強くなろうと努力する必要などどこにもない。強さはもちろん大切ですがそれは自分で勝ち取るようなものではありません。主と主の福音が私たちを強くすからです。しかしそれは自分の弱さや不完全さを認め、受け入れたところにこそ届く恵みなのです。自分の弱さを隠す必要はありません。弱い自分に価値がないと嘆く者にこそ、十字架と復活の主イエス様は臨んで下さることでしょう。

​前回の説教概要

©2023 by 岡山神召キリスト教会

bottom of page