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2026年3月15日 礼拝

説教概要

聖なる名前

小泉美早子師

マタイによる福音書6章9節

神様は遠く離れた存在ではなく、ご自分の名前を明かして私たちと関係を結ぼうとされるお方です。聖書では、神様がモーセに「わたしはある」と御名を示されました。さらに神様は、御子イエス・キリストを通してご自身を現してくださいました。「イエス」という名は「主は救い」という意味を持っています。神様は私たちを救うために、この世界に来てくださったのです。

 

主の祈りの最初の願いは「御名があがめられますように」です。これは単に神様の名前を口でほめたたえるという意味ではありません。私たちの人生を通して神様の御名が聖なるものとしてあがめられることを願う祈りです。しかし私たちは、自己中心や罪によって神様の御名にふさわしくない歩みをしてしまうことがあります。

 

聖書の人々は神様の聖さに触れるとき、自分の罪深さに気づきました。しかしそれは絶望のためではなく、悔い改めへと導くためです。レントのこの時期、私たちはイエス・キリストの十字架を見上げます。神様は聖なるお方でありながら、私たちを深く愛し、御子イエス・キリストによって罪の赦しを与えてくださいました。

 

さらに神様は聖霊を与えてくださり、私たちを内側から新しくしてくださいます。自分の力では神様の御名をあがめる生き方はできませんが、聖霊が私たちを助けてくださいます。そして神様の御名があがめられるとき、福音は人々へと伝えられていきます。「良い知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう」が教会の年間標語です。レントのこの時期、十字架の恵みに立ち、聖霊の助けをいただきながら、神様の御名をあがめ、福音を伝える歩みへと導かれていきましょう。

​前回の説教概要

©2023 by 岡山神召キリスト教会

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