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2026年1月11日 礼拝
説教概要
安定した土台の上に立てられる信仰
小泉智師
ガラテヤ書3章26ー29節
パウロは「あなたがたは神の子です」と語ります。これは信仰の基本のはずです。実はわざわざこの言葉を、あらためて確かめねばならないほど、ガラテヤ教会の信仰生活は不安定になっていたからです。その原因は、養育係にたとえられてきた律法の理解にあったのでしょう。
現代の私たちにとって旧約聖書の戒めである律法は遠い存在です。そこで、これは私たちが委ねられている「管理」と言い換えてみることにしましょう。律法による管理が背景にあるからです。人間には管理すべきことが多いでしょう。もちろん教会でも種々の管理は欠かせません。どれも大切なものばかりです。実際、神ご自身も創世記の昔から、人にエデンの園の管理を託してこられました。
しかし、大切なものであればあるほど、もたれかかりすぎると危険なのです。自分が何をどれだけ管理できているかで、神の子であることを証明しようとすると、信仰はたちまち不安定になります。それが出来なくなる時に自分を支えるものを失うからです。従ってパウロも、神の子であることはキリスト・イエスへの信仰によって確かにされるのだと強調します。
キリストを信じるとは、キリストを「着せていただいた」ことです。当時、衣装が身分を示したように、神の子という立場は恵みとして一方的に与えられたもの。自分で証明するものではありません。しかも民族、立場、性差など違いがあっても救いが妨げられることはありません。
それどころか、私たちはキリストのものとして、約束による相続人とされています。だからこそ静かにこう問うのです。果たしてわたしは神の子であることを、何によって確かめているだろうかと。
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