2021年4月25日礼拝会 説教概要

「互いに仕える」内川寿造牧師

 私は、教会は人材の宝庫であると思う。今日のテキスト、ローマ12:3~8のテーマは「賜物の分与」である。教会に集まる一人一人には、すでに豊かな賜物が与えられている。賜物とは、「カリスマ」の訳であり、英語では「ギフト」つまり神からの「プレゼント」である。しかも、一人一人には「異なった賜物」が与えられている。「一つのからだ(教会)には多くの器官があり、すげての器官が同じ働きはしない」(12:4)のと同様である。自分の賜物を生かして、他の人の徳を高め、教会全体の益となるために、お互いの共通点と相違点を理解する必要がある。

 

 エペソ4:4~6には、①からだは一つ。②御霊は一つ。③望みは一つ。④主は一つ。⑤信仰は一つ。⑥バプテスマは一つ。⑦父なる神は一つ。「一つ」「共通するもの」が強調されている。ローマ12:6~8では、①預言する人。②奉仕する人。③教える人。④勧めをする人。⑤分け与える人。⑥指導する人。⑦慈善を行う人。と言うように異なる働きが強調されている。ここで大切なことは、預言(説教)、教え、指導などの賜物と、奉仕、分け与える、慈善などの賜物が並列して挙げられている点である。つまり、賜物には上下も貴賤もない。神が一人一人に賜物を分け与えられたのである。だから、私は何も出来ませんと偽りの謙遜に逃げてはいけないし、何かが出来るからと誇ってもならない。自分に出来る事を発見し、喜んで、他の人の役に立ち、教会全体の益になることを励みたい。

 使徒信条の第三項で「聖徒の交わり」を信ずと告白する。聖徒とは、罪のない清い人ではない。「分けられた」つまり「神のものとされた人」の意味である。「交わり」とは、「共に与る」「同じものを分け合う」ことであり、聖餐式に象徴される。キリストによる「ゆるし」と「永遠の生命」に共に与る、神の家族である。

 十字架は、縦の関係と横の関係が調和している。縦、つまり神と私の垂直の関係が正常であることが基本であるが、それは横の関係、私と他者との正常な関係に発展する。神との関係だけを求めると、自己中心の独善的な信仰に陥る。人とのつながりだけを求めると、教会は単なるサークルになる。

 教会は、「エクレシヤ」「召し集められた者の群れ」である。神の召しにより、この教会の一員とされたことを感謝し、自分に与えられた賜物を用いて互いに仕え、教会全体を成長させよう。