2022年10月2日礼拝会

説教概要

主イエスに学ぶ

内川節子伝道師

ヨハネの福音書8章1節~11節

 「オギャア!!」とこの世に生を受けてこの方、私たちは多くの先生について学んで来た。親しかり、教師しかり、同僚・上司しかり。知識も技術も、生きる知恵も学んで来た。
 だが残念なことに、一生涯を共にしてくれる教師は、人の中にはいない。「自分で考えろ!」ということだろう。
 

 しかし、ここに永遠に教師である主イエスがおられる。ヨハネ8章1節~11節は、有名な姦淫の女の記事が記されている。彼女をダシに使って、律法学者、パリサイ人は、主イエスを窮地に陥れようと画策している。三つの罠が仕掛けられている。
 一つ目は、主イエスは律法を守るのか。二つ目は、主イエスはローマ帝国に反逆するのか。どちらに転んでも分が悪い。三つ目は、お前の説いている愛はどうするのだ。生真面目で、几帳面な彼らは、自分と異なった生き方を赦せなかったのだ。
 これに対して、主イエスの応答は素晴らしい。8章7節「あなたがたのうちで、罪のない者が最初に石を投げなさい。」
 彼らは、年老いた者から去って行き、石を投げる者はいなかった。主のやり方は、論争ではなく、質問を自分に向け,内省させることで解決された。
 また、罪ある女に対しては、恵みと赦しの言葉を与えている。8章11節「わたしも、あなたを罪に定めない。」


 実は、主イエスだけが、彼女に石を投げる資格があった。それにも関わらず、その権利を行使されなかった。
 それのみか、この先の生き方を指示されたのだ。8章11節「今からは決して罪を犯してはなりません。」


 律法学者・パリサイ人は「私」、罪ある女も「私」。主イエスは、どちらにも情け深い解決を与えておられます。
 「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」(マルコ2:17)主イエスが取税人や罪人たちといっしょに食事をしておられるとき、パリサイ派の律法学者に言われたお言葉である。