2022年8月14日礼拝会

説教概要

苦難に意味はあるのか

内川寿造牧師

ヨブ記 19章25節~26節

 ヨブ記は聖書の中で最も古くに書かれた書物である。全体の流れを理解するために一気読みが有効と思い挑戦したが、約2時間かかった。若いころは1時間で読めたのに、読書力の低下を痛感した。

 ヨブ記のテーマは、「義人の苦難」である。悪人が栄え、義人が苦しむ。何故、このような不公平、矛盾があるのか。そもそも苦難には、意味があるのだろうか。
 冒頭の1章~2章では、ヨブの財産や子供が奪われる突然の災難が襲い掛かる。更にヨブ自身の健康が損なわれ、世界三大悪女と評判の妻から「神を呪って死になさい。」とまで言われる。

 

 しかし、ヨブは「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。」(1:21)「私たちは幸いを神から受けるのだから、災いをも受けなければならない。」(2:10)と優等生の答えをする。
 1~2章で大切なことは、ヨブの態度ではない。神の支配である。神の赦しなしにはどのような苦難も起こらない。神の許可なしにはサタンもヨブに手を出せない。神の許容範囲内で苦難は起こる。ここに苦難の意味や目的を知る根拠がある。
 3章から37章までは、ヨブの本音の葛藤、疑問、苦悶が記され、三人の友人(途中でもう一人加わる)との問答が記されている。
 そしてヨブ記の頂点は38章1節「主は嵐の中からヨブに答えられた。」である。四人の友人ではなく、当事者として苦しみもがくヨブに答えてくださった。
 神は悩む者、苦難の中で神に訴え、求める者の側に立たれる。受難の主イエスは、苦しむ者と共におられる。

 

 さて、苦難の意味は何だろう。
①人間の罪に対する神の刑罰説。三人の友人の答えがこれであり、因果応報説は世界共通である。一部正しいが、希望や救いがない。
②その人を懲らしめ訓練する教育説。第四の友人エリフの答え。
③ヨブの発見した答えは「私は知っている。私を贖う方は生きておられ、後の日に、ちりの上に立たれることを。…私は、私の肉から神を見る。」(19:25)贖罪説である。
 苦難は十字架の追体験であり、誰かの救いに役立つのである。