2021年6月6日礼拝会

説教概要

「光のある間に」北澤成弘牧師

ヨハネの福音書12章35~36節

 主イエス様を信じようという決心の時は、いつまでも先延ばしに出来るものではありません。人には救いの光が照らされている時があり、この光のある間に信じていくことを聖書はお勧めしています。

①光のある間に

【35節・始め】「まだしばらくの間、光はあなたがたの間にあります。」

 「まだしばらくの間」という言葉の【直訳】は「わずかな時間」と表現されていました。そして「光がある間に」という言葉が繰り返されています【35節・36節】。強調されている言葉です。つまり、主イエス様という光がおられる「わずかな時間」に主イエス様を信じることをお勧めしています。お開きしている聖書箇所は、これから主イエス様が十字架にお架かりになる場面です。主イエス様という光が彼らのうちにある間に、主イエス様を信じることをお勧めしていますが、これは私たちにも語られている言葉として受け止めていきたいと思います。例えば、私たちには寿命があります。生かされている今のうちに、主イエス様を信じて罪を清算していただきたいと願います。また、主イエス様が再び来られる時までに、主イエス様を信じて留まり続けましょう。このように、光のある間に主イエス様を信じていくお勧めは、今を生きる私たちにもなされているのです。

②暗闇に追いつかれないために

【35節・中間】「やみがあなたがたを襲うことのないように、あなたがたは、光がある間に歩きなさい。」

 「襲う」という言葉は、【別の訳】では「捕える」となっていました。暗闇が、まるで生き物のように私たちを捕まえる前に、光である主イエス様を信じることをお勧めしています。自分の人生や運命も、もし暗闇の中を進もうとするならば、どこに向かって行けばよいのかわからなくなるでしょう。神に背を向けた自分中心の歩みは、暗闇の中を歩んでいるようなものです。そのような歩みを聖書は罪と言います。また、それは同時に魂が行方不明の状態です。この魂が行方不明の状態のことを聖書では「見失われた者」と言い、古典ヘブライ語では「滅び」と表現しています。主イエス様は「やみがあなたがたを襲うことのないように、あなたがたは、光がある間に歩きなさい。」と言われました。つまり、暗闇があなたがたを捕まえることのないように、光なる主イエス様が手を差し伸べている今のうちに信じることを勧めているのです。