2022年5月22日礼拝会

説教概要

困難を分け合う

​内川寿造牧師

ピリピ人への手紙4章14~23節

 ピリピ教会は、使徒パウロがアジアからヨーロッパに海を渡って、最初に開拓して出来た教会である。それ故、両者の間には深い愛に基づいた厚い交わりがあった。
 キリスト者の交わりを表す「コイノー二ヤ」は「共に与る」「分け合う」の意味である。「あなたがたが、最初の日から今日まで、福音を広めることにあずかって来たことを感謝しています。」(ピリピ1:5)「あなたがたはみな、私が投獄されているときも、福音を弁明し立証しているときも、私とともに恵みにあずかった人々である。」(1:7)「たとい私が、あなたがたの信仰の供え物と礼拝とともに、注ぎの供え物となっても、私は喜びます。あなたがたすべてと共に喜びます。」(2:17)「それにしても、あなたがたは、よく私と困難を分け合ってくれました。」(4:14)

 パウロは決して一人で孤軍奮闘して伝道していたのではない。彼の背後には祈ってくれる人、具体的に人や物を送って助けてくれる教会があった。
 時には、一人神の前に立つ気概も必要だが、豊かな交わりの与えられていることを素直に感謝したい。キリスト教は、「神と人」「人と人」の「二人連れ」の歩みをしているのである。

 教会には、祈り、祈られ、共に喜び、共に悲しむ兄弟姉妹がいる。ピリピ人への手紙の最後の部分は、そのような交わりへの正式の感謝の言葉が述べられている。ピリピ教会からの贈り物そのものよりも、そこに霊的な意味を見て、大いに喜んでいる。
①霊的祝福が与えられる。パウロはピリピ教会の援助を喜んでいるが、それ以上に彼らの宝が天に積まれていくのを喜んでいるのである。
②神が喜んで受けて下さる供え物と見ている。献金を、旧約時代の燔祭と同視し、香ばしいかおりと言う。単に金品をささげるだけでなく、自分をささげる献身の表明なのだ。
③必要のすべてが満たされる。キリストはご自身の栄光の富を惜しみなく与えて下さる。
 これらの祝福を数えると、自然と頌栄が沸き上がってくる。

 最後は、「よろしく」との挨拶だが、これもキリスト者の交わりの大切は、互いを思いやる心の表れである。