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2023年4月16日 礼拝会

説教概要

​イエスの福音

長谷川忠幸牧師

マタイの福音書 28章16~20節

 マタイによる福音書は、主の宣教大命令をもって閉じられている。

 

だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。(マタイ28章19-20節)

 

イエスは「福音を語りなさい」とは言っていないことに注目する必要がある。

そうではなくて、全ての民を主の「弟子とせよ」と命じているのである。つまり、主イエスのように、罪の穢れの中にある隣人の救いのために、自らの十字架を背負う者を起こしなさいと命じているのである。言い換えれば、マタイ福音書にとって、福音を語るとは、主の弟子を起こすことなのである。

 私たちは、それは無理な要求だと思うなら、マタイ福音書を最初から読み返す必要がある。終わりの世にあって、主の弟子は人の可能性で起こされただろうか。それは、死の支配を打ち破りし、復活の主イエス・キリストの可能性の中でなされる神の御業なのである。そして、今も生きて私たちと共にいてくださる主がなしてくださる奇跡なのである。

 故に、私たちは、この主と共にあることを固く信じ、今日も主の弟子を起こすべく、終わりの世に出ていく者となろう。

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