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2023年3月26日礼拝会

説教概要

急いで降りて来なさい

小泉智牧師

ルカの福音書 19章1~10節

技術の発達が時間空間の壁を除いてきました。しかし人と人との間の心の壁はどうでしょうか。エリコの町にも見えない壁がありました。取税人ザアカイと町の人の間に長年積み重なったわだかまり。エルサレム神殿に近いこの町は祭司が多く住む宗教的な都市です。他の地以上に宗教的戒めに厳しく、当時の掟ではローマ帝国のために税を取り立てる仕事は忌み嫌われました。ザアカイも恐らく宗教家を憎んでいたことでしょう。

 

そういう町を主が通り過ぎられたというのです。ザアカイが主を一目見たいと願うのは噂の人物を見たい好奇心もありましょうが、他の宗教家とはどこか違う何かを聞いたからでしょう。しかし人垣に遮られ、見ることが叶わない。背の高さが本当の問題ではありません。町の人と普段良好な関係が持てているなら、席を開けて下さる人もいたに違いないのですから。

 

しかし彼は頭を下げるでもなく良策を思いつきます。先回りして木の上に上って主を待ち構える。彼の人生を物語ります。人とは違うところに目をつけ、人に先んじて財をなし、道を切り開く。得意なことを生かすのは決して悪いことではないでしょう。

 

しかし落とし穴もあります。得意なことが何かから逃げる逃げ道になる点です。ザアカイよと呼びかける主との出会いによって彼の人生は動き始めます。彼にとっては意外だったでしょう。単に主を見物できれば事足りた。いいものを見させていただいたと好奇心を満たし、次の日からいつもの毎日を続けるだけでよかった。それなのに主に見出されたことで償いと和解への歩みが起こります。今まで避けてきた町の人との関係性を修復が始まる時、この町にあった見えない壁は崩れ出します。

 

私たちも様々な経緯で信仰を持ちました。しかし主が声をかけて下さり、主に見出されたという点ではザアカイと同じです。聖書が開かれる時、主は今も呼びかけて下さいます。その度に私たちも新しい歩みへと呼び出され、今まで避けてきたところに目を向ける契機が生まれるに違いありません。

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