2022年2月27日礼拝会

説教概要

「主の働き人」

​内川節子伝道師

ヨハネの福音書2章9節

 ガリラヤのカナ」はヨルダンの向こう岸、ベタニヤから徒歩で三日の距離にある。

 ヨハネのバプテスマを受け、弟子を招集した主イエスは、徒歩三日という区切りによって、新しい階段に進んだ。荒涼としたヨルダンの荒野から風光明媚なガリラヤの平原に移り、人々が悲喜こもごも織りなす日常生活を営む社会へと、活動の場は移った。

 若者の婚礼の席に招かれた主イエスは、不足したぶどう酒を、水を変化させることで、神の栄光を顕された。これには二重の意味がある。

 一つは、人の生活に深く関わって、困難を乗り越えさせて下さる主イエスの姿。もう一つは、ぶどう酒に象徴される主イエスの「死と復活」の福音である。
 そしてもう一つのメッセージは、9節「水をくんだ手伝いの者たちは知っていた」と記されていることだ。神は共に働く、働き人を必要とされている。

 「信仰のみ」で救われた私たちだが、聖書はこうも言っている。「私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行いがないなら、何の役に立ちましょう。そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。」(ヤコブ2:14)
 「人々が、あなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。」(マタイ5:16)とあるように、私たちの信仰の行いが祝福の基となるのです。