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2023年12月31日 礼拝

説教概要

豊かな礼拝をお捧げする

小泉 智牧師

テモテへの手紙第一3章8節~13節

パウロは奉仕者の条件を述べます。牧師を含めすべての奉仕は教会の生命である礼拝を整えるものです。奉仕内容がないのは、家の教会の状況が多様だからでしょう。ともかく、それぞれが賜物を生かし豊かな礼拝をお捧げするのです。

 

ただ、賜物の豊かさが奉仕者の資格ではありません。挙がった条件は信仰理解が確かならクリアできます。信仰理解があやふやでは、行動もあやふやになります。思いつきでやりたいことを行き当たりばったりやるのではない。自分の担う奉仕が、礼拝にどういう意味があるかを把握するのです。

 

私たちはあの人は賜物豊かだから奉仕者として間に合うと思いがちです。しかし、いかに賜物が豊かでも、仕える気持ちがないなら礼拝奉仕は務まりません。だから慎重に、奉仕者は審査を受けるようにと命じます。礼拝とはそれほど真剣なものです。

 

もちろん女性も礼拝で奉仕しますが、悪口を言う者には無理です。悪魔と同じ言葉です。人を責め、非難する悪魔の罠で礼拝が人間関係を壊す場であってはいけない。感情的になり過ちを犯す例もあります。自制が必要です。

 

忠実さが問われます。不忠実なら、豊かな賜物も十分に発揮できない。一方、大したとりえがなくても、忠実である者は主に用いられ、礼拝が豊かにされましょう。賜物を生かすのは、神と兄弟姉妹への愛なのです。

 

感謝なことに奉仕には必ず報いがあります。良い地歩とは教会内の地位の上昇ではありません。奉仕の報いとは強い確信です。信仰の成長です。教会のために苦労と損はしたくないと言ってはいけない。背負った者だけがわかる恵みと祝福がこの1年もあったはずです。

先週の説教概要

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