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2022年12月18日礼拝会

説教概要

罪の支配から救い出すナザレ人イエス

長谷川忠幸師(境港キリスト教会牧師)

マタイによる福音書 2章13節~23節

 旧約聖書は、言葉遊びを良く用いる。まったく意味が違う言葉でも、響きが似ていたり、単語のスペルが一緒であればすぐに関連付けて、神の真理について教えを読者に印象付けるのである。


 新約聖書もその手法を継承している。例えば、マタイによる福音書2章23節がそれである。「ヨセフたちはナザレという町に行って住んだ。『「彼はナザレの人と呼ばれる。』と、預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。」
 「彼はナザレの人と呼ばれる。」という言葉は旧約聖書には出てこない。これは救いの若枝「ネツェル」(イザヤ11章1節)とナザレを引っかけているのだろう。
 ネツェルのスペルは「NSR」である。ナザレも「NSR」となる。即ち、マタイが言いたかったことは、穢(けが)れた町ナザレに隠れ住むこの人こそ、聖書の律法と預言者が待ち望んだ救いの若枝、ネツェルなのだというメッセージなのである。


 私たちは、目の前の問題や敵対する者を取り除く圧倒的な力に救いを見出すだろう。しかし、聖書は、穢れの中に住み、律法が教える神の愛と神の義を実現させる主イエス・キリストこそ真の救いだと教えているのである。
 私たちは、真の救い主イエス・キリストの御許に集い、その救いの訪れを心から喜ぶ者となろう。

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