2022年11月27日礼拝会

説教概要

​神 共にいます

内川寿造牧師

マタイの福音書 1章22節~25節

 今日からアドベント(待降節)である。アドベントはラテン語で「到来」を意味する。


 過去・現在・未来の三重の理解ができる。
①二千年前、イエス・キリストが歴史上の人物として天から下って来られた。初臨と言う。
②今、信じる者の内に聖霊として臨在なさる。内住と言う。
③やがて再びおいでになる。再臨と言う。
 イエス・キリストの誕生によって世界は二分された。BC(Before Christ)紀元前とAD(anno Domini)紀元後である。個人の生涯も、イエス・キリストに出会った時から新しく変えられる。


 さて、今日のテキストのマタイ 1章23節は、旧約聖書 イザヤ書 7書14節の引用である。ユダのアハズ王が、北イスラエルとアラムの連合軍に攻められた時、信じて神の助けを待てば救われるとイザヤは励まし、そのために「しるし」を求めよと勧めた。
 しかし、アハズ王は「しるしは求めません。主を試みません。」と一見殊勝な返事をした。実は政治的策略に頼り,アッシリヤに手を回して援助を依頼していたからだ。
 そこで、神は信仰に立つことを期待して、自ら「しるし」を与えられる。それが「インマヌエル」と呼ばれるお方の誕生である。その意味は「神は私たちと共におられる」である。これは預言であって、イエス・キリストの誕生によって実現した。
 今年一年を振り返ると、悲喜こもごもであった。不安・恐れ・苦しみと共に嬉しいこと楽しいことも多かった。神が共におられて助け導いてくださったからだ。
 創世記 28章11節~19節には「ヤコブのべテル体験」がある。兄と父を欺き家を追われたヤコブは、遠く伯父ラバンの所へ逃げて行く。途中、野宿したが、後悔、不安、自責の念に眠れぬ夜を過ごす。
 夢の中で、梯子が天から地にかけられ、天使が上り下りしている。神が彼の傍らに立ち「あなたと共にいる」と約束される。「こここそ神の家、天の門だ」と言って「ベテル」と呼んだ。この「神共におられる」体験がヤコブを変えるきっかけになる。


 私たちにとっても、神共にいますことは、
①いつも光に照らされている。
②平安が与えられる。
③喜びに溢れて来る。
 クリスマスを迎えるアドベントの期間を、常時喜悦・不断祈祷・万事感謝(テサロニケ第一 5章16節~18節)で過ごせるのは神が共におられるからである。