2021年11月14日礼拝会

説教概要

「下へのぼる道」内川寿造牧師

ピリピ人への手紙2章1節~11節

 使徒パウロは、教会の一致を喜びの一つに挙げている。「私の喜びが満たされるように、あなたがたは一致を保ち」(ピリピ2:2)。

 

 現実の教会は、人の、罪人の、しかし、「ゆるされた罪人」の集まりだから、一致点もあるが、相違点も多くある。意見が分かれ、妬み、争いもある。

 そこで、パウロは、教会にすでに与えられている共通点を列挙していく。

 ①キリストにある励まし

 ②愛の慰め

 ③御霊の交わり

 ④愛情

 ⑤あわれみ

 この五つの宝を意識するとき、「一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つに」(2:2)できる。

 

 次に、互いに人を自分よりもすぐれた者と思う、へりくだりが求められる。その見本が、キリストの謙卑と高揚である。

 2:5~11は初代教会の讃美歌であったと思われる。全体として、創世記2章~3章の古いアダムに対照して、新しいアダム・キリストの姿が示されている。

 古いアダムは、「神のかたち」に創造された(創世記1:26)。それが、「神のようになる」(創世記3:5)ことを求めて罪を犯した。神の僕であることを拒否し、神のようになろうと、自らを高くした。しかし、新しいアダム・キリストは、神と等しくあることを固守せず、己を低くし僕の形を取り、人間の姿になられた。さらに、死に至るまで、しかも十字架の死にまで従い、徹底的に低くなられた。

 「下にのぼる」と言う概念を連想したが、出典が不明なので、ネットで調べたら、「下へのぼる歌」が出て来た。中森幾乃進著。1977年・日本基督教団出版局の発行である。

 本の中身を読んでいないので、真意が不明だが、私なりに解釈すると、「下にのぼる」とは、単に落ちて沈んで行くのではなく、自発の意志と決断で自らを低くして、徹底的に神に従った姿を「のぼる」と表現したものと思われる。キリスト教人物小伝によれば、中森牧師の生涯が、この概念に重なる。

 

 さて、キリストの謙卑に続いてキリストの高揚が歌われている。「神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。」(2:9)すべてのものが膝をかがめ、すべての口が「イエス・キリストは主である。」と告白して父なる神がほめたたえられる。

 互いに人を自分よりすぐれていると認めて、一致するとき、神の栄光が現れるのである。野心や虚栄から自らを高くしようとする誘惑に勝てるように、キリストの模範に習いたい。