2022年1月16日礼拝会

説教概要

「初めにことばがあった」   内川節子伝道師

ヨハネの福音書1章1節~14節

 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。(ヨハネの福音書1章1節)

1.ヨハネのキリスト伝は、他の共観福音書とは異なっている。
 マタイはイスラエルの系図から。マルコはキリストの公生涯から。ルカは異邦人テオピロ宛に、分かり易く、降誕の物語を詳しく書き進めている。
 ヨハネは「ことば」として来られた方こそがキリストである、天地創造に関わり、神とともにおられ、彼こそが神ご自身であると書き始める。
 そこにはヨハネの相手に対する暖かな配慮がある。知的関心の強いローマ社会に、「メシア」「キリスト」という他国の歴史的文化ではなく、「ロゴス=ことば」を用いて、近づいた。

2.使徒パウロも同じ心を持っていた。
 「何とかして、幾人かでも救うためです。」(Ⅰコリント9:22)と語り、「私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、すべての人の奴隷となりました。」(Ⅰコリント9:19)と語っている。

3.省みて、自分はどうか。
 ヨハネの心を持っているか。パウロの心を持っているか。ちっぽけな自分を振りかざして、自己主張を繰り返しているのではないか。

 今日、神の前に反省し、「5タラントを10タラントに」教会に、神の栄光が現されるには、自分をどう変えるのか。祈りたい。